ら、却つて之に入ることが出來ないのである。
 罪と肉とを離れたら、その人は靈のものとなることが出來る、これはスヰデンボルグが『生命の教義』である,然し、僕の説の通り、靈も亦肉ならば、それを離れられよう筈はない。『女を見て色情を起したるものは、その心すでに姦淫したるなり』、これは耶蘇の教へである,然し、美人を見て色情の動かない樣なものは、その心すでに不具だと云はなければならない。ダンテの戀[#「ダンテの戀」に傍点]を聽いて、青年は非常にその純潔なところを喜ぶが、そんな意氣地なしの頭腦では、到底宇宙の眞相を知ることは六ケしいだらう。ダンテが拾歳の時ビアトリースを見てから、終生片戀をつゞけたのは大詩人であつただけ、ませて居たので、その時すでに肉を滿足させた點があつたからで、他に嫁したビアトリースに對しては、たゞ未練が殘つて居たに過ぎなからう。若しダンテに大きいところがあるとすれば、スヰデンボルグが三百|哩《マイル》[#入力者注(5)]遠方から自分の住地の火事を見とめたと同前、その肉を滿足させた仕方が、抱擁以外にあつたことだ[#「若しダンテに」〜「抱擁以外にあつたことだ」に白丸傍点]。僕はこの
前へ 次へ
全161ページ中104ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング