送してくれとった。水が飲みたいんで水瓶の水を取ろうとして、出血の甚しかったんを知り、『とても生きて帰ることが出来んなら、いッそ戦線に於て死にます』云うたら、『じゃア、お前の勝手に任す』云うて、その兵はいずれかへ去った。この際、外に看護してくれるものはなかったんさかい、それが矢ッ張り大石軍曹であったらしい、どうやら、その声も似とった。」
「それが果して気違いであったなら、随分しッかりした気狂いじゃアないか?」
「無論気狂いにも種類があるもんと見にゃならん。――僕はそれから夜通し何も知らなかったんや。再び気が付いて見たら、前夜川から突進した道筋をずッと右に離れたとこに独立家屋があった。その附近の畑の掘れたなかに倒れとった。夜のあけ方であったんやけど、まだ薄暗かった。あたまを挙げてあたりを見ると、独り兵の這いさがるんかと思た黒い影があるやないか? 自分もあの様にして這いさがろ思てよく見ると、うわさに聴いた支那犬やないか? 戦争の過ぎた跡へかけ付けて、なま臭い人肉を喰う狼見た様な犬がうろ付いとる間で、腰、膝の立たんわが身が一夜をその害からのがれたんは、まだ死をいそぐんではなかろて、勇気――これ
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