独りやに「沈着にせい、沈着にせい」と云うて命令しとる様な様子が何やらおかしい思われた。演習に行てもあないに落ち付いておられん。人並みとは違た様子や。して、倒れとるものが皆自分の命令に従ごて来るつもりらしかった。それが大石軍曹や。」
 友人は不思議ではないかと云わぬばかりに、僕と妻君との顔を順ぐりに見た。
「戦場では」と僕が受けて、「大胆に出て行くものにゃア却って弾が当らないものだそうだ。」
「うちの人の様にくよくよしとると、ほんまにあきまへん。」
「そやかさいおれは不大胆の厭世家やて云うとる。弾丸が当ってくれたのはわしとして名誉でもあったろが、くたばりそこねてこないな耻さらしをするんやさかい、矢ッ張り大胆な奴は仕合せにも死ぬのが早い――『沈着にせい、沈着にせい』云うて進んで行くんやさかい、上官を独りほかして置くわけにも行かん。この人が来なんだら、僕は一目散に逃げてしもたやも知れんのや。僕はこわごわ起きあがってその跡に付いてたんやけど、何やら様子が不思議やったんで、軍曹に目を離さんでおったんやが、これはいよいよキ印になっとるんや思た、自分のキ印には気がつかんで――『軍曹どの危《あぶ》の御
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