りましょう。」と言うと、「実はその、今日墓石を建てて貰った。ところがその戒名《かいみょう》の字が一字違っている。『本』という字が『木』になっている。しかし家《うち》の連中《やつら》は女子供ばかりだから屹度《きっと》気が着《つ》かぬに相違ない。お前に頼むから『木』の字を『本』に直してくれ」と云った。
 それから、妙善は、
「ええ那様《そんな》事なら訳はないです。それじゃ明朝《あした》、左《と》に右《かく》行って、検《しら》べてみて直しますが、そう云う事は長念寺の和尚《おしょう》の処《ところ》へも行って、次手《ついで》にお談《はなし》なすったら可《い》いでしよう。」と言うと、「そうか、それじゃ帰りに一寸《ちょっと》寄って、話して行こう。」と言ったそうです。
 その時お寺で素麪《そうめん》が煮てあったんです。それから、「これは不味《まず》い物ですけれど」ってその梵妻《だいこく》が持って来たんです。そうしてそれをその死人《しにん》の前へ出した。
 すると、「これは非常に旨《うま》い。」と言ってその素麪《そうめん》を食べてしまった。そうして、「宜《よろ》しく頼む。」と言って、幽霊は帰って行ってしまった。
 後で妙善は、もし幽霊ならば本当に食える筈はない。お茶を飲んで、素麪《そうめん》を食ったのは些《ち》と怪しい――と考えた。
 で、よくよく座敷の中を検《しら》べてみると、その座敷の隅々《すみずみ》、四隅《よすみ》の処《ところ》に、素麪《そうめん》とお茶が少しずつ、雫《こぼ》したように置いてあった。
 それで、どうしてもこれは狐や狸の業《わざ》ではない。確かに幽霊だろうとその妙善は思ったんです。
 それから翌日になりまして、長念寺の和尚《おしょう》の処《ところ》へ、妙善が出掛けて行った。そして、昨夜《ゆうべ》その何某《なにがし》がやって来て、実は是々《これこれ》こう云う事があったが、お前の方へも来たかと聞いてみたんです。
 やっぱり此方《こっち》にもちゃんと来ておる。そして、その時刻が、丁度《ちょうど》天総寺の方からこの長念寺に歩いて来るだけの時刻を隔ててやって来ている。そうして、その和尚《おしょう》にもちゃんと頼んだんだそうです。
 それから二人は、「まあ左《と》に右《かく》行ってみよう」と云って、一緒に墓所へ出掛けて行った。見ると、果《はた》して、墓石の字の、「本」が「木」
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