な波波を
それからおもはず跪いたほど
うつくしく且つ嚴かであつた黎明《よあけ》の太陽を
ああ此のあをあをとしてみはてのつかない大青海原
大海原も此の漁夫の前には小さい
波はよせて來て
そこにくだけて
漁夫のその足もとを洗つてゐる

  驟雨の詩

何だらう
あれは
さあさあと
竹やぶのあの音
雨だ
雨だ
おやもうやつてきた
ぽつぽつと大粒で
ああいい
ひさしぶりで
びつしより濡れる草木《くさき》だ
びつしよりぬれろ

  苦惱者

何をしてきた
何をしてきたかと自分を責める
自分を嘲ける此の自分
そして誰も知らないとおもふのか
自分はみんな知つてゐる
すつかりわかりきつてゐる
わたしをご覽
ああおそろしい

いけない
いけない
私に觸つてはいけない
私はけがれてゐる
私はいま地獄から飛びだしてきたばかりだ
にほひがするかい
お白粉や香水の匂ひが
あの暗闇で泳ぐほどあびた酒の匂ひが
此の罪惡の激しい樣樣なにほひが
おお腸《はらわた》から吐きだされてくる罪惡の匂ひ
それが私の咽喉《のど》を締める
それが私のくちびるに附着《くつつ》いてゐる
それから此のハンカチーフにちらついてゐる

自分はまだ生きてゐる
まだくたばつてはしまはなかつた
自分はへとへとに疲れてゐる
ゆるしておくれ
ゆるしてくれるか
神も世界もあつたものか
靈魂《たましひ》もかね[#「かね」に傍点]もほまれ[#「ほまれ」に傍点]もあつたものか
此の疲れやうは
まるでとろけてでもしまひさうだ
とろけてしまへ

何だその物凄いほど蒼白い顏は
だが實際、うつくしい目だ
此の頸にながながと蛇のやうにからみついたその腕は
ああゆるしておくれ
そして何にも言はずに寢かしておくれ
私はへとへとにつかれてゐる

なんにもきいてくれるな
こんやは
あしたの朝までは
そつと豚のやうに寢かしておいておくれ
とは言へあの泥水はうまかつた
それに自分は醉つぱらつてゐるんだ
此の言葉は正しい
此のていたらくで知るがいい

而も自分は猶、生きようとしてゐる
自分の顏へ自分の唾のはきかけられぬ此のくやしさ
ああおそろしい
ああ睡い
そつと此のまま寢かしておくれ

だがこんなことが一體、世界にあり得るものか
自分は自分を疑ふのだ
自分は自分をさはつてみた
そして抓つて撲《なぐ》つてかじつてみた
確に自分だ
ああおそろしい

自分は事實を否定
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