麥穗に何をささやくのか
麥ぼは首をふつてゐる
それがさみしい
波だてる麥畑の詩
わたしらを圍繞《とりま》くひろびろとした此の麥畑から
この黄金色した畝畝の間から
私はかうして土だらけの手を君達のかたへとさし伸べる
君達は都會の大煙筒のしたで
終日じつと何をかんがへてゐるのだ
それが此の目にみえるやうだ
ああ大東京の銀座街
そこでもそよ風は華奢にひらひら翻つてゐることか
そのそよ風のもつてゆく生生しい穀物のにほひで
街の店店はみたされたか
すこやかであれ
すこやかであれ
都會は君達のうへにのしかかり
そして君達はくるしんでゐる
それは君達ばかりではない
それだからとてどうなるものか
しつかりしろ
ああ此の波だてる麥畑
わたしらをおもへ
わたしらはこの麥ばたけで
君達のうしろに立つてゐるのだ
君達の前額《ひたひ》をふいてゐるそよ風は私等がここからおくつてゐるのだ
ああ此の豐饒《ゆたか》な麥畑に
ああ此處にあるひばりの巣
その巣に小さな卵があると
私はこの事を君達に――全世界につげなければならない
刈りとられる麥麥の詩
ああ何といふ美しさだ
此のうつくしさは生きてゐる!
みろ
麥畑はすつかりいろづき
ところどころの馬鈴薯《じやがいも》と
蠶豆《そらまめ》と葱と菜つぱと
大きな大きなみはてのつかない此のうつくしさ
一めん黄金《きん》いろに麥は熟れ
刈りとられるのをまつてゐるやうな此のしづかさ
あちらこちらではじまつた麥刈り
あちらこちらから冴えざえときこえる鎌の刃の音
水の迸《はし》るやうな此の音のするどさ
わたしの心は遠いところで歔欷《すすりなき》をやめない
彼女は何をしてゐることか
わたしは彼女のことを思つてゐる
その上に此のひろびろとした畑地の美しさを堆積《つみかさ》ねるのだ
片つ端から刈りとられる麥麥
冴えざえと鋭くきこえる鎌の刃の音
麥もわたしとその音をきいてゐるのか
ゆたかに實のり
ぐつたりと重い穗首を垂れた麥麥
都會にての詩
都會はまるで海のやうだ
大波のよせてはかへす
此の海のやうな煤煙のそこで渦く
千萬の人間の聲聲
よせてはかへす聲の大波
大きな一つの聲となり
うねりくねり
のたうちながらも人間であれ
ああ海のやうな都會よ
その街街家家の軒かげにて
飢ゑながら雀でさへ生き
そこで卵をあたため孵へしてゐるのだ
強くあれ
強くあれ
人間
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