日あたりにころがつてゐる

  赤い林檎

林檎をしみじみみてゐると
だんだん自分も林檎になる

  おなじく

ほら、ころがつた
赤い林檎がころがつた
な!
嘘嘘嘘
その嘘がいいぢやないか

  おなじく

おや、おや
ほんとにころげでた
地震だ
地震だ
赤い林檎が逃げだした
りんごだつて
地震はきらひなんだよう、きつと

  おなじく

林檎はどこにおかれても
うれしさうにまつ赤で
ころころと
ころがされても
怒りもせず
うれしさに
いよいよ
まつ赤に光りだす
それがさびしい

  おなじく

娘達よ
さあ、にらめつこをしてごらん
このまつ赤な林檎と

  おなじく

くちつけ
くちつけ
林檎をおそれろ
林檎にほれろ

  おなじく

こどもよ
こどもよ
赤い林檎をたべたら
お美味《いし》かつたと
いつてやりな

  おなじく

どうしたらこれが憎めるか
このまつ赤な林檎が……

  おなじく

林檎はびくともしやしない
そのままくさつてしまへばとて

  おなじく

ふみつぶされたら
ふみつぶされたところで
光つてゐる林檎さ

  おなじく

こどもはいふ
赤い林檎のゆめをみたと
いいゆめをみたもんだな
ほんとにいい
いつまでも
わすれないがいいよ
大人《おとな》になつてしまへば
もう二どと
そんないい夢は見られないんだ

  おなじく

りんごあげよう
轉がせ
子どもよ
おまへころころ
林檎もころころ

  おなじく

さびしい林檎と
遊んでおやり

おう、おう、よい子

  おなじく

林檎といつしよに
ねんねしたからだよ
それで
わたしの頬つぺも
すこし赤くなつたの
きつと、さうだよ

  店頭にて

おう、おう、おう
ならんだ
ならんだ
日に燒けた
聖フランシス樣のお顏が
ずらりとならんだ
綺麗に列んだ

  おなじく

錢で賣買されるには
あんまりにうつくしすぎる
店のおかみさん
こんなまつ赤な林檎だ
見も知らない人なんかに
賣つてやりたくなくはありませんか

  おなじく

いいお天氣ですなあ
とまた
しばらくでしたなあ
おや、どこだらう
たしかにいまのは
榲※[#「木+孛」、第3水準1−85−67]《まるめろ》の聲だつたが……



底本:「日本現代文學全集54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」講談社
   1966(昭和
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