《ばか》な奴《やつ》らだ。もう秋風《あきかぜ》も立《た》つたじやないか、飢《う》ゑるも飽《あ》くも、それがどうした。運命《うんめい》はみんな一つだ」


 蚤

 一ぴきの蚤《のみ》が眞蒼《まつさを》になつて、疊《たゝ》の敷合《しきあは》せの、ごみの中《なか》へ逃《に》げこみました。そしてぱつたりとそこへ倒《たふ》れました。
 晝寢《ひるね》をしてゐた友《とも》だちはびつくりして
「おい、どうしたんだい」と、その周圍《まはり》に集《あつま》りました。「またか。晝稼《ひるかせ》ぎになんかに出《で》るからさ。しつかりしろ、しつかりしろ」
 その中《なか》で年嵩《としかさ》らしいのが
「でもまあ無事《ぶじ》でよかつた。人間《にんげん》め! もうどれほど俺達《おれたち》の仲間《なかま》を殺《ころ》しやがつたか。これを不倶戴天《ふぐたいてん》の敵《てき》とゆはねえで、何《なに》を言《ゆ》ふんだ。此《こ》の世《よ》はおろか、此《こ》のかたき[#「かたき」に傍点]は、生《うま》れかはつて打《う》たなけりやならねえ」
 すると他《ほか》のが
「生れかはるつて、何《なに》にさ」
「人間《にんげん》によ」
「そんなら人間《にんげん》は」
「きまつてるじやねえか、蚤《のみ》さ」
 その時《とき》、女《をんな》の聲《こゑ》
「ちえツ、いまいましいつたらありやしない。また。捕逃《とりに》がしてよ。あなたがぼんやりしてゐるんだもの」
 やがて呼吸《いき》をふき返《か》へしたその蚤《のみ》
「おお、すんでのところ。小《ちつ》ぽけでも、たつた一つきやねえ生命《いのち》だ。危《あぶな》い。あぶない」


 蝉は言ふ

 富豪《ものもち》の家《いへ》では蟲干《むしぼし》で、大《おほ》きな邸宅《やしき》はどの部屋《へや》も一ぱい、それが庭《には》まであふれだして緑《みどり》の木木《きゞ》の間《あひだ》には色樣々《いろさま/″\》の高價《かうか》なきもの[#「きもの」に傍点]が匂《にほ》ひかがやいてゐました。
 その中《なか》でもとりわけ立派《りつぱ》な總縫模樣《そうぬいもやう》の晴着《はれぎ》がちらと、塀《へい》の隙《すき》から、貧乏《びんぼう》な隣家《となり》のうらに干《ほ》してある洗晒《あらひざら》しの、ところどころあてつぎ[#「あてつぎ」に傍点]などもある單衣《ひとへもの》をみて
「みな樣《さま》、まあご覧《らん》遊《あそ》ばせ、あれを。あれでも着物《きもの》と申《まを》すのでせうか。あれと私達《わたしたち》とは何《なん》の關係《くわんけい》も無《な》いやうなものの、あれも着物《きもの》、私達《わたしたち》お互《たがひ》も着物《きもの》、何《なん》となく世間《せけん》に對《たい》して、私《わたし》は氣耻《きはづか》しいやうでなりませんのよ」
「何《なん》だと」それを聽《き》かれたから、たまりません
「も一ぺんほざいて見《み》ろ。そのままにやしておかねえぞ、此《こ》の虚榮《きよえい》の塊《かたまり》め! 貧乏《びんぼう》がどうしたつてんだ。こうみえてもまだ貴樣等《きさまら》の臺所《だいどころ》の土間《どま》におすはりして、おあまりを頂戴《ちやうだい》したこたあ、唯《たゞ》の一どだつてねえんだ。餘《あんま》り大《おほ》きな口《くち》を叩《たゝ》きあがると、おい、暗《くれ》え晩《ばん》はきをつけろよ」
 これはまた落雷《らくらい》のやうな聲《こゑ》でした。さつきから啼《な》くのをやめて、どんなことになるかとはらはらしながらきいてゐた蝉《せみ》の哲學者《てつがくしや》、附近《あたり》がもとの靜穩《しづかさ》にかへると
「どうも此《こ》の喧嘩《けんくわ》は解《わか》らない。晴着《はれぎ》は晴着《はれぎ》でよいではないか。また、單衣《ひとへもの》は單衣《ひとへもの》でよいではないか。晴着《はれぎ》は晴着《はれぎ》。單衣《ひとへもの》は單衣《ひとへもの》。晴着《はれぎ》がいくら立派《りつぱ》でも單衣《ひとへもの》の役《やく》には立《た》たない。單衣《ひとへもの》もそうだ。晴着《はれぎ》の場所《ばしよ》へは向《む》かない。これは彼《かれ》を蔑《さげす》み、彼《かれ》はこれを憤《いきどほ》る。こんなことが、一|體《たい》あつてよいものか」
 そして最後《さいご》につくづく感服《かんぷく》したらしくつけ加《くは》へました。
「“Know[#「Know」は底本では「Knaw」と誤記] thyself”(汝《なんぢ》自身《じしん》を知《し》れ)とは、まことに千|古《こ》の金言《きんげん》だ」


 耳を切つた兎

 山《やま》の兎《うさぎ》がふもとの村《むら》のお祭《まつ》りにでかけました。おしやれな娘兎《むすめうさぎ》のこととて、でかけるまでには谿川《たにがは》へ下《を》りて顏《
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