す。自分《じぶん》だけです。それ外《ほか》無《な》いのさ、ね」
「でも、もし母《かあ》ちやんが飛《と》べなくなつたら、僕《ぼく》、死《し》んでもいい、たすけてあげる」
「そうかい、ありがとう。だけどね、またその蒼々《あを/\》とした大《おほ》きな海《うみ》を無事《ぶじ》にわたり切《き》つて、陸《をか》からふりかへつてその海《うみ》を沁々《しみ/″\》眺《なが》める、あの氣持《きもち》つたら……あの時《とき》ばかりは何時《いつ》の間《ま》にかゐなくなつてゐる友達《ともだち》や親族《みうち》もわすれて、ほつとする。ああ、あの嬉《うれ》しさ……」
「はやく行《い》つて見《み》たいなあ」
「わたしもよ、ね、母《かあ》ちやん」
「ええ、ええ。誰《だれ》もおいては行《ゆ》きません。ひとり殘《のこ》らず行《ゆ》くのです。でもね、いいですか、それまでに大《おほ》きくそして立派《りつぱ》に育《そだ》つことですよ。壯健《たつしや》な體《からだ》と強《つよ》い翼《はね》! わかつて」
「ええ」
「ええ」
「ええ」
と小《ちい》さい嘴《くち》が一|齊《せい》にこたへました。母燕《おやつばめ》はたまらなくなつて、みんな一しよに抱《だ》きしめながら
「何《なん》てまあ可愛《かあい》んだろ」
まだ生きてゐる鱸
朝早《あさはや》く、磯《いそ》で投釣《なげづ》りをしてゐる人《ひと》がありました。なかなか掛《かゝ》らないので、もうやめよう、もうやめようとおもつてゐました。と一|尾《ぴき》大《おほ》きな奴《やつ》がかかりました。
鱸《すゞき》でした。
その人《ひと》のよろこびつたらありませんでした。急《いそ》いで、それをぶらさげて歸《かへ》らうと立《た》ちあがりました。
すると鱸《すゞき》が
「にいさん、私《わたし》を何處《どこ》へもつて行《い》くんです」
と聲《こゑ》をかけました。
まだ生《い》きてゐるのでした。
「えつ! お母《つか》あにさ。お母《つか》あは此頃《このごろ》、すこし病氣《びやうき》してゐるんだ」とは言《ゆ》つたものの、心《こゝろ》の中《なか》では「すまない、すまない」と手《て》をあはせるばかりでありました。
魚《さかな》は
「どうせ食《た》べられるなら、こんな孝行者《かうこうもの》の親《おや》の口《くち》にはいるのは幸福《しあはせ》といふもんだ」と、よろこんでそ
前へ
次へ
全34ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山村 暮鳥 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング