白い蝶
岡田三郎助
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)最早《もう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)当時|取払《とりはら》いに
−−
友の家を出たのは、最早《もう》夕暮であった、秋の初旬《はじめ》のことで、まだ浴衣《ゆかた》を着ていたが、海の方から吹いて来る風は、さすがに肌寒い、少し雨催《あめもよい》の日で、空には一面に灰色の雲が覆《おお》い拡《ひろが》って、星の光も見えない何となく憂鬱な夕《ゆうべ》だ、四隣《あたり》に燈《ともし》がポツリポツリと見え初《そ》めて、人の顔などが、最早《もう》明白《はっきり》とは解《わか》らず、物の色が凡《すべ》て黄《きい》ろくなる頃であった。
友の家というのは、芝《しば》の将監橋《しょうげんばし》の側《そば》であるので、豊岡町《とよおかちょう》の私の家へ帰るのには、如何《どう》しても、この河岸通《かしとおり》を通って、赤羽橋《あかばねばし》まで行って、それから三田《みた》の通りへ出なければならないのだ、それはまだ私の学校時代の事だから、彼処《あすこ》らも現今《いま》の様に賑《にぎや》かではなかった、殊《こと》にこの川縁《かわぶち》の通りというのは、一方は癩病《らいびょう》病院の黒い板塀がズーッと長く続いていて、一方の川の端《はし》は材木の置場である、何でも人の噂によると、その当時|取払《とりはら》いになった、伝馬町《でんまちょう》の牢屋敷の木口《きくち》を此処《ここ》へ持って来たとの事で、中には血痕のある木片《きぎれ》なども見た人があるとの談《はなし》であった、癩病《らいびょう》病院に血痕のある木! 誰《た》れしもあまり佳《よ》い心持《こころもち》がしない、こんな場所だから昼間でも人通りが頗《すこぶ》る少ない、殊《こと》に夜に入《い》っては、甚《はなは》だ寂しい道であった。
私は将監橋の方から、この黒塀の側《そば》の小溝《こみぞ》に添うて、とぼとぼと赤羽橋の方へやって来た、眼の前には芝|山内《さんない》の森が高く黒い影を現しておる、後《うしろ》の方から吹いて来る汐風《しおかぜ》が冷《ひ》やつくので、私は懐《ふところ》に手を差入れながら黙って来た、私の頭脳《あたま》の内からは癩病《らいびょう》病院と血痕の木が中々《なかなか》離れない、二三の人にも出会ったものの、自分の下駄の音が
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡田 三郎助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング