《おきなお》って見ていると、またポッと出て、矢張《やっぱり》奥《おく》の間《ま》の方へフーと行く、すると間もなくして、また出て来て消えるのだが、そのぼんやりとした楕円形《だえんけい》のものを見つめると、何だか小さい手で恰《あだか》も合掌《がっしょう》しているようなのだが、頭も足も更《さら》に解らない、ただ灰色の瓦斯体《ガスたい》の様なものだ、こんな風に、同じ様なことを三度ばかり繰返《くりかえ》したが、その後《ご》はそれも止《と》まって、何もない。私も不思議なこともあるものだと、怪しみながらに遂《つい》その儘《まま》寐《ね》てしまったのだ。夜が明けると、私は早速《さっそく》今朝方見た、この不思議なものの談《はなし》を、主人《あるじ》の老母に語ると、老母は驚いた様子をしたが、これは決して他人へ口外をしてくれるなと、如何《どう》いう理由《わけ》だったか、その時分には解らなかったが、堅《かた》く止《と》められたのであった。ところが二三日|後《のち》、よく主顧《とくい》にしていた、大仏前《だいぶつまえ》の智積院《ちしゃくいん》という寺へ、用が出来たので、例の如く、私は書籍を背負《しょ》って行った。住職の老人には私は平時《いつ》も顔馴染《かおなじみ》なので、この時談《はなし》の序《ついで》に、先夜見た談《はなし》をすると、老僧は莞爾《にっこり》笑いながら、恐怖《こわ》かったろうと、いうから、私は別にそんな感も起《おこ》らなかったと答えると、それは豪《え》らかったが、それが世にいう幽霊というものだと、云われた時には、却《かえっ》てゾッと怯《おび》えたのであった。さあそれと聞いてからは、子供心に気味が悪《わ》るくって、その晩などは遂《つい》に寝られなかった。私の実際に見たのではこんな事がある。



底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
   2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
   1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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