二面の箏
鈴木鼓村
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)京都《きょうと》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)元来|箏《こと》という
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)サエレン[#「サエレン」に傍線]
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自分の京都《きょうと》時代にあった咄《はなし》をしよう。
元来|箏《こと》という楽器は日本の楽器中でも一番凄みのあるものだ、私がまだ幼い時に見た草艸紙《くさぞうし》の中に豊國《とよくに》だか誰だったか一寸《ちょっと》忘れたが、何でも美しいお姫様を一人の悪徒《わるもの》が白刃で真向《まっこう》から切付ける。姫は仆《たお》れながらに、ひらりと箏《こと》を持ってそれをうけている、箏《こと》は斜めに切れて、箏柱《ことじ》が散々《ばらばら》にはずれてそこらに飛び乱れ、不思議にもそのきられた十三本の絃《いと》の先が皆|小蛇《ちいさなへび》になって、各《おのおの》真紅の毒舌を出しながら、悪徒《わるもの》の手といい足といい首胴の差別なく巻き付いている、髪面《ひげづら》の悪徒《わるもの》は苦しそうな顔をして悶《もが》き苦しんでいるというような絵を見た事があるが、自分は幼な心にも物凄く覚えて、箏《こと》というものに対して何だか一種凄い印象が今日《こんにち》まで深く頭に刻み付けられているのだ、論より証拠、寺の座敷か、御殿の様な奥まった広い座敷の床《とこ》の間《ま》へでもこれを立て懸《か》けておいて御覧なさい、随分《ずいぶん》いやな感《かんじ》のするものだ。殊《こと》にこれは横にしたよりも縦にすると一層《いっそう》凄く見える。それかあらぬかロセッチの画《か》いた絵に地中海で漁夫《ぎょふ》を迷わすサエレン[#「サエレン」に傍線]という海魔に持たしてあるのは日本の箏《こと》だ、しかもそれが縦にしてある、ロセッチは或《あるい》はこれを縦に弾くものと誤解したのかもしれぬが、この物凄い魔の女に取合《とりあ》わした対照は実に佳《い》いと思った。
前置《まえおき》づきだが、要《よう》するに箏《こと》というものは何だか一種凄みのあるものだということに過《すぎ》ぬ、これから談《はな》すことも矢張《やっぱり》箏《こと》に関係したことなので、その後《のち》益々《ますます》自分は箏《こと》を見ると凄い感《かんじ》が起《おこ》るので
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