、喜んで再び庭より飛石伝えに中門《ちゅうもん》へ出《い》で行《ゆ》く姿を見ると、最早《もはや》今は全くこの世を思切《おもいき》りしものか、不思議な事は、スラリとしたその振袖姿の、袖や裾《すそ》のあたりが、恰度《ちょうど》蝉《せみ》の衣《ころも》のように、雪明りに透《す》いて見えて、それを通して、庭の梧桐《あおぎり》や金目《かなめ》などの木立がボーッと見えるのである、娘は柴折戸《しおりど》のところへ来ると今雨戸のところに立って見送っていた、私の方を振返《ふりかえ》って、莞爾《にっこり》と挨拶したが、それなりに、掻消《かきけ》す如くに中門《ちゅうもん》の方へ出て行ってしまった、この後《のち》は別に来なかったから、それで全く心残りなくなったものだろう、その黒髪と古鏡《こきょう》とは即《すなわ》ちこれだ」と先刻|納所《なっしょ》をして、持ってこさした、桐の箱を開けると、中から出たは、パサパサになった女の黒髪と、最早《もう》曇って光沢のない古鏡《こきょう》であったので、当時血気な私初め傍《かたわら》に黙って聞いていた兵卒も、思わずゾッと戦慄したのであった。
私は、その日この寺を辞して、宿所に帰ったが、この品は未《いま》だに、この寺に残っておるのである。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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