り有り吉」といふ言葉は明るい希望をもたせてくれる。何か困るとき何か迷ふ時、私は常に護符《ごふ》のやうに、謙《けん》は亨る謙は亨るとつぶやく、さうすると非常な勇気が出て来てトンネルの路を掘つてゆく工夫のやうに暗い中でもコツコツ、コツコツ働いてゆける。この信仰は迷信ではない、むしろ常識であると思ふが、私のやうにわかい時から夢想をいのちとして来た人間がこの平凡な教訓を一日も忘れずにゐられるのはさいはひである。六十四卦の中でこの「地山謙」だけがどの爻《かう》にも凶が出ず、その代りどの爻《かう》も謙を守つて終りをまつたくするといふ約束を持つてゐる。その堅実な地味な約束が、およそ堅実でない私のための一生の救ひでもあるのだらう。私のためには天[#「天」に傍点]もなく火[#「火」に傍点]もなく風[#「風」に傍点]もないのである。それで満足してゐよう。



底本:「燈火節」月曜社
   2004(平成16)年11月30日第1刷発行
底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社
   1953(昭和28)年6月
入力:竹内美佐子
校正:林 幸雄
2009年8月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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