もある。
 やがて梨と葡萄が出て、青い林檎もみえ、秋が来る。キヤベツ、さつまいも、南瓜、栗や柿。それに松茸の香りが過去の日本の豊かさや美しさを思ひ出させる。
 八百屋の口上みたいに野菜と果物の名をならべて、さて困つたのは、牛蒡とにんじん、どの季節に入れようか? お惣菜に洋食に、花見のお弁当に、正月のきんぴらに、殆ど一年ぢうの四季に渡つてたべつづけてゐる。あの牛蒡の黒さ、にんじんの赤さ、色あひだけでもにぎやかで、味がふくざつである。それから書きわすれたのは、八月の西瓜。グラジオラスの花に似たうす紅色ととろけるやうな味覚。口のなかでとけてしまふものはアイスクリームやシヨートケーキもあるけれど、あの甘いさわやかな味が水のやうに流れてしまふことがはかない気持になる。戦争を通つて生きて来た私はそんなに物惜しみするやうにもなつた。ずつと前に親しくしてゐたB夫人は西洋と日本の料理を器用にとり交ぜて私たちに御馳走した。
 四季の折々B夫人の家には四五人のお弟子が招待されて、何時もビフテキパイの御馳走であつた。夫人はアメリカから一人で日本に来て家庭の奥さんたちに英語や作法を教へ、大使館の事務の手伝もして
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