りの心にかへりみて悲しくなる。そこで伝説はいま読まないことにする。
 長い間の私のアイルランド文学熱がさめて後も、何年となく私を楽しませてくれたレノツクス・ロビンスンの戯曲が一冊もこの家に持つて来てないのはどうしたことだらう。農民劇ではなくアメリカあたりに材をとつた彼の大衆向のものが好きなのである。たぶん小説家たちの物と一しよに馬込の家に残して来たものと思はれる。いま私の手もとにはごく少数の戯曲集それも後進の作家たちの本があるだけである。さういふ本の中に畑ちがひのジエームス・ジヨイスのたつた一つの戯曲「追放者《エキザイル》」が交つてゐた。
 ジヨイスほどの世界的の小説家もこの戯曲はたぶん私の家に並んでゐる農民劇の作家たちの中に交ぜておいても失礼ではないだらう。長篇「ユリシス」で暴風のやうに世界を吹きまくつた彼ではあるけれど、戯曲はあまり上手ではない。王朝時代の日本女性の日記に書かれたやうなもたもたした気分が一ぱいで主客の人物はことごとく追放されても惜しくないやうな人たちである。昔の日本の女性作家の日記にうごきがのろかつたやうに、「追放者」の中にも動きがすくない。メンタルには充分にうごい
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