に於いてこの大なる龍すなはち悪魔と呼ばれサタンと呼ばるる者、全世界の人を惑はす老蛇地に遂ひ下さる、その使者《つかひ》もまた共に遂ひ下ろされたり。」サタンは天使の長《かしら》で神に次ぐものであつたといふのに、老蛇なぞと言はれてはずゐぶん身分が堕ちてしまつて気の毒に思はれる。「失楽園」の詩に出てくるサタンはもつと立派なさつそうたるものだつたやうに記憶してゐる。但し聖書の作者たちはみんなユダヤ流に、エホバと自分たち以外の者を軽蔑してサタンも年寄《としより》の蛇ぐらゐにしたのかもしれない。(こんな事をくよくよ言つて横道にまごついてると、サタンに笑はれる)
 それからユダの書といふのに「天使の長《かしら》ミカエル悪魔とモーセの屍を争ひ論ぜしとき云々」とあるが旧約聖書のモーセの死ぬところにはそんな事はすこしも出てゐない。民間に古くから流れた伝説でもあつたらう。モーセ在世中悪魔とは交際してゐなかつたから、死体についてかれこれ言はれることはない筈である。またミカエルほどの偉大な天使がモーセの死体の世話をやかずとも、えらい事務家の大将ヨシユアといふ人間がゐたのだから、人間の事は人間にさせればよろしいので
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