ミケル祭の聖者
片山廣子
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《》:ルビ
(例)聖《セント》
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九月二十八日はミケルマス(ミケル祭)といつて、聖《セント》マイケルを記念する祭日である。むかしはミケルマスの前夜にはたいそう賑やかな催しがあり、幾組かのあたらしい婚約者も出来あがる慣はしであつたさうだが、現代ではどの聖者の祭日もみんな同じやうなもので、先づおミサに始つて、それから家々で飲んだり食べたり騒いだりするものらしい。
おもてむきの解説では聖《セント》マイケルはキリスト教の聖者であるが、ほんとうはもつとずうつと古い、異教時代の神か英雄であつたらしく、マイケルを祭る儀式といふのは非常に古いふるいにほひを持つてをり、ミケル祭の供へ物に仔羊を殺すしきたりも、或はキリスト教以前にはもつと野蛮な捧げものをしたのかとも疑はれる。
フィオナ・マクレオドはイオナ島について書いてゐる中で、聖《セント》マイケルは大古の海洋の支配者マナナーンと同じ存在であつたらうと言つてゐる。おもて向きには聖《セント》マイケルは偉大な力をもつ天使で、聖《セント》ジヨージが陸を守護する天使であると同様に、海岸や海に住むものの守護神とされてゐる。そのうへ、馬や旅びとの守護神でもあるといふ。聖者コラムがイオナ島で死ぬとき、聖《セント》マイケルはみなぎる光の波の上に無数の天使らのまばゆい翼の雲をひいて降りて来て、いま死なうとする人の枕辺で神を讃美する歌をうたつたと伝へられてゐる。
海洋の支配者マイケルが聖書に出てくる天使の長《かしら》マイケル(ミカエル)と同一であるかどうかはわからないが、たぶんは、さうだらうと言はれてゐる。アダムとイヴがイデンの楽園から追ひ払はれ、荒涼たる世界の旅に出ようとして、なごり惜しく過去の住家を振りかへつて見た時、天使ミカエルが輝く剣を持つて楽園の門を守つてゐたといふやうな話を子供の時分きかされたけれど、創世紀には天使ミカエルが門番をしてゐたとは書いてない。をさない私の耳にきかされた伝説であつたと思はれる。
ヨハネ黙示録には「かくて天に戦起れり、ミカエルその使者《つかひ》を率ゐて龍とたたかふ、龍もまたその使者を率ゐて之と戦ひしが、勝つこと能はず且ふたたび天に居ることを得ず、是
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