やや西方に片よつて立つ一本の大きなぼたん桜などが見えてゐたが、その南の二つの窓を通り越した西の壁に一つの扉《ドア》があつて、そこからお客さん便所に入るのであつた。家の人たちはそれを「お手水場《てうづば》」と言つて、家庭用の上下《かみしも》のそれを簡単に「はばかり」と言つてゐた。つまりお客さんのお手を洗ふところであり、家庭用のは、言ふのもはばかりがあるといふ訳で「はばかり」なのだつた。
さて、そのお手水場《てうづば》はもちろん実用のためであつたが、しかし大に芸術的のものでもあつて、まづ中に入ると、とつつきは三畳ぐらゐの広さで南と西に大きなガラス窓があり、南の窓からは海棠や乙女椿や、秋には大きい葉のもみぢなぞガラス越しに見えてゐた。西側の窓の下に洗面所があつて、現代のやうにタイル張りなぞないから、白い竹とゴマ竹とをしやれた縞にはりつめたすのこがあつて、水入れと洗面器が伏せてあり、右手の台の小さい桶から今の水道と同じやうに水が出た。そとに天水桶があつて雨水をそなへてその小桶に通じてあつたやうである。その洗面所の下に籠があつて手ふきの濡れたものを投げ入れるやうになつてゐた。すのこの左手に飾り
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