人もすこしはあるけれど、大ていの人は生活のために何かしら仕事をしなければ、生きてゆかれない状態に押しつけられてしまつた。その中の一人である私も、何か働きたい、何か仕事を持ちたいと願つてゐたが、求めもとめてゐる人には何かしら思ひがけない道が開かれるやうに思ふ。私はたえて久しく忘れてゐた丘の上のばら屋さんをまた思ひ出した。ばらの花をきり、つぼみを一つきり二つきり、小さい利益と小さい損失を積みかさね、積みかさね、自分の新しい仕事を育ててゆかなければと、この頃しみじみ思ふやうになつた。お花やお茶の先生も、洋裁も、玉子を売ることも愉しいだらう。洗濯婦になることも勇ましく気持が好いだらう。何かしら仕事をして、人におんぶしない生活をしてゆきたい。そして何よりも先づ私たちの詠歎を捨てて行かう。しかし考へてみると、この短文が全部一つの詠歎であるかも知れない。もし、さうだとしたら、ごめんなさい。



底本:「燈火節」月曜社
   2004(平成16)年11月30日第1刷発行
底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社
   1953(昭和28)年6月
初出:「美しい暮しの手帖 十一号」暮しの手帖社
   195
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