ばらの花五つ
片山廣子
むかし私はたいそう暇の多い人間だつた。どうしてそんなに暇があつたのかと考へてみると、しなければならないもろもろの仕事をしなかつたせゐだらうと思はれる。
さういふなまけものの人間が時たま忙しいことがあると、すぐ草臥れてしまつて、くたびれた時には散歩をした。
さて、ある時の散歩に私の家からあまり遠くない馬込の丘をのぼつたり降りたりして歩いた。馬込九十九谷とか言つて、丘と谷がいくつも連なり、どの丘もどの谷もみんながそれぞれ違つた光と色を見せて、散歩するにはたのしい道であつた。その日私が歩いてゐたのは、今は小学校が建つてゐるその辺の谷から広い丘にのぼる小みちを少し左にまがつて東南に向いた傾斜面であつた。その辺は殆どみんな畑で、ごくたまに小さい別荘風の小家が見えたが、私がちよつと足をとめたのは、そのひろい斜面を庭にして(もと畑であつた土地ゆゑ、まだ樹は一本もみえなかつたが)ばら園をはじめるらしく、ばらの大きな株がいくつか植ゑられ、小さい株はごしやごしやとその辺いつぱいに見えた。ちやうど六月の初めで、大きな株にはたくさん花が咲いて咲きすぎる位だつた。
その新ばら園
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