矢立のちび筆
永井荷風
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)或人《あるひと》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)歳月|匆々《そうそう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから3字下げ]
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或人《あるひと》に答ふる文《ぶん》
思へば千九百七、八年の頃のことなり。われ多年の宿望を遂げ得て初めて巴里《パリー》を見し時は、明《あ》くる日を待たで死すとも更に怨《うら》む処なしと思ひき。泰西諸詩星《たいせいしょしせい》の呼吸する同じき都の空気をばわれも今は同じく吸ふなり。同じき街の敷石をば響も同じくわれも今は踏むなり。世界の美妓名媛《びぎめいえん》の摘む花われもまた野に行かば同じくこれを摘むことを得ん。われはヴェルレエヌの如くにカッフェーの盃《さかずき》をあげレニエーの如くに古城を歩み、ドーデの如くにセーヌの水を眺め、コッペエの如くに舞蹈場《ぶとうじょう》に入り、ゴーチエーの如くに画廊を徘徊しミュッセの如くにしばしば泣きけり。かくてわれは世に最も幸福なる詩人となりぬ。如何《いかん》となればわれは崇
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