ち崩れかかった倉庫の立並ぶ空地の一隅に、中川大橋となした木の橋のかかっているのに出会った。
 わたくしは小名木川の堀割が中川らしい河の流れに合するのを知ったが、それと共に、対岸には高い堤防が立っていて、城塞のような石造の水門が築かれ、その扉はいかにも堅固な鉄板を以って造られ、太い鎖の垂れ下っているのを見た。乗合の汽船と、荷船や釣舟は皆この水門をくぐって堤の外に出て行く。わたくしは十余年前に浦安に赴く途上、初めて放水路をわたった時の荒凉たる風景を憶い浮べ、その眺望の全く一変したのに驚いて、再び眼を見張った。
 堤防には船堀橋という長い橋がかけられている。その長さは永代橋《えいたいばし》の二倍ぐらいあるように思われる。橋は対岸の堤に達して、ここにまた船堀小橋という橋につづき、更に向《むこう》の堤に達している。長い橋の中ほどに立って眺望を恣《ほしいまま》にすると、対岸にも同じような水門があって、その重い扉を支える石造の塔が、折から立籠《たちこ》める夕靄《ゆうもや》の空にさびしく聳《そび》えている。その形と蘆荻《ろてき》の茂りとは、偶然わたくしの眼には仏蘭西《フランス》の南部を流れるロオン河の
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