じぞう》には今もって必ず願掛《がんがけ》の絵馬《えま》や奉納の手拭《てぬぐい》、或時は線香なぞが上げてある。現代の教育はいかほど日本人を新しく狡猾《こうかつ》にしようと力《つと》めても今だに一部の愚昧《ぐまい》なる民の心を奪う事が出来ないのであった。路傍《ろぼう》の淫祠に祈願を籠《こ》め欠《か》けたお地蔵様の頸《くび》に涎掛《よだれかけ》をかけてあげる人たちは娘を芸者に売るかも知れぬ。義賊になるかも知れぬ。無尽《むじん》や富籤《とみくじ》の僥倖《ぎょうこう》のみを夢見ているかも知れぬ。しかし彼らは他人の私行を新聞に投書して復讐を企《くわだ》てたり、正義人道を名として金をゆすったり人を迫害したりするような文明の武器の使用法を知らない。
 淫祠は大抵その縁起《えんぎ》とまたはその効験《こうけん》のあまりに荒唐無稽《こうとうむけい》な事から、何となく滑稽の趣を伴わすものである。
 聖天様《しょうでんさま》には油揚《あぶらあげ》のお饅頭《まんじゅう》をあげ、大黒様《だいこくさま》には二股大根《ふたまただいこん》、お稲荷様《いなりさま》には油揚を献《あ》げるのは誰も皆知っている処である。芝日蔭町
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