は、私は到底世界の新しい思想を迎える事は出来まい。それと共にまたこの江戸の音曲をばれいれいしく電気燈の下《した》で演奏せしめる世俗一般の風潮にも伴《ともな》って行く事は出来まい。私の感覚と趣味とまた思想とは、私の境遇に一大打撃を与える何物かの来《きた》らざる限り、次第に私をして固陋偏狭《ころうへんきょう》ならしめ、遂には全く世の中から除外されたものにしてしまうであろう。私は折々反省しようと力《つと》めても見る。同時に心柄《こころがら》なる身の末は一体どんなになってしまうものかと、いっそ放擲《ほうてき》して自分の身をば他人のようにその果敢《はか》ない行末《ゆくすえ》に対して皮肉な一種の好奇心を感じる事すらある。自分で己れの身を抓《つね》ってこの位《くらい》力を入れればなるほどこの位痛いものだと独りでいじめて独りで涙ぐんでいるようなものである。或時は表面に恬淡洒脱《てんたんしゃだつ》を粧《よそお》っているが心の底には絶えず果敢いあきらめを宿している。これがために「涙でよごす白粉《おしろい》のその顔かくす無理な酒」というような珍しくもない唄《うた》が、聞く度ごとに私の心には一種特別な刺戟を与
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