あってはクロワルッスの坂道から、手摺《てず》れた古い石の欄干を越えて眼下にソオンの河岸通《かしどおり》を見下《みおろ》しながら歩いた夏の黄昏《たそがれ》をば今だに忘れ得ない。あの景色を思浮べる度々、私は仏蘭西《フランス》の都会は何処へ行ってもどうしてあのように美しいのであろう。どうしてあのように軟く人の空想を刺戟するように出来ているのであろうと、相も変らず遣瀬《やるせ》なき追憶の夢にのみ打沈められるのである。
 その頃私は年なお三十に至らず、孤身|飄然《ひょうぜん》、異郷にあって更に孤客となるの怨《うらみ》なく、到る処の青山《せいざん》これ墳墓地《ふんぼのち》ともいいたいほど意気|頗《すこぶる》豪なるところがあったが今その十年の昔と、鬢髪《びんぱつ》いまだ幸《さいわい》にして霜を戴かざれど精魂漸く衰え聖代の世に男一匹の身を持てあぐみ為す事もなき苦しさに、江戸絵図を懐中《ふところ》に日和下駄《ひよりげた》曳摺《ひきず》って、既に狂歌俳句に読古《よみふる》された江戸名所の跡を弔《とむら》い歩む感慨とを比較すれば、全くわれながら一滴の涙なきを得ない。さりながら、かの端唄《はうた》の文句にも、
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