せいせい》たる火避地《ひよけち》がある。初夏の夕暮私は四谷通の髪結床《かみゆいどこ》へ行った帰途《かえりみち》または買物にでも出た時、法蔵寺横町《ほうぞうじよこちょう》だとかあるいは西念寺横町《さいねんじよこちょう》だとか呼ばれた寺の多い横町へ曲って、車の通れぬ急な坂をば鮫ヶ橋|谷町《たにまち》へ下《お》り貧家の間を貫く一本道をば足の行くがままに自然《おのず》とかの火避地に出で、ここに若葉と雑草と夕栄《ゆうばえ》とを眺めるのである。
 この散歩は道程《みちのり》の短い割に頗《すこぶ》る変化に富むが上に、また偏狭なる我が画興に適する処が尠《すくな》くない。第一は鮫ヶ橋なる貧民窟の地勢である。四谷と赤坂両区の高地に挟まれたこの谷底の貧民窟は、堀割と肥料船《こえぶね》と製造場《せいぞうば》とを背景にする水場《みずば》の貧家に対照して、坂と崖と樹木とを背景にする山の手の貧家の景色を代表するものであろう。四谷の方の坂から見ると、貧家のブリキ屋根は木立《こだち》の間に寺院と墓地の裏手を見せた向側の崖下にごたごたと重り合ってその間から折々汚らしい洗濯物をば風に閃《ひらめか》している。初夏の空美しく晴
前へ 次へ
全139ページ中103ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング