くから出て来るものと見え、いつでも鞋《わらじ》に脚半掛《きゃはんが》け尻端打《しりはしおり》という出立《いでたち》で、帰りの夜道の用心と思われる弓張提灯《ゆみはりちょうちん》を腰低く前で結んだ真田《さなだ》の三尺帯の尻《しり》ッぺたに差していた。縁日の人出が三人四人と次第にその周囲に集ると、爺さんは煙管《きせる》を啣《くわ》えて路傍《みちばた》に蹲踞《しゃが》んでいた腰を起し、カンテラに火をつけ、集る人々の顔をずいと見廻しながら、扇子《せんす》をパチリパチリと音させて、二、三度つづけ様に鼻から吸い込む啖唾《たんつば》を音高く地面へ吐く。すると始めは極く低い皺嗄《しわが》れた声が次第次第に専門的な雄弁に代って行く。
「……あれえッという女の悲鳴。こなたは三本木《さんぼんぎ》の松五郎《まつごろう》、賭場《とば》の帰りの一杯機嫌、真暗な松並木をぶらぶらとやって参ります……」
話が興味の中心に近《ちかづ》いて来ると、いつでも爺さんは突然調子を変え、思いもかけない無用なチャリを入れてそれをば聞手の群集から金を集める前提にするのであるが、物馴れた敏捷な聞手は早くも気勢を洞察して、半開《はんびら》
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