ら、彼は早くも民子には倦きてゐた。同じ処で同じ女に逢ふのが、つまらなくて成らなくなつたものゝ今更さうとも云へないので、二三度処を変へてパン/\の出入する烏森あたりの旅館へ連込んだ事もあつたが、矢張同じ事。女の言ふこと、為すことはきまり切つてしまつて、初の中催したやうな刺戟も昂奮をも感じさせないので、遂には連込の席料を払ふことさへ次第に惜しくなるばかり。何とか口実をつけて逃げたいと思ふ矢先、突然横浜転任の命令を受けたのは、彼の身に取つては全く天の佑《たすけ》であつた。
 月日は忽ち半年あまりを過ぎた。或日友田は東京にゐた時分の昔を思出し、同じやうな日曜の休日、久しぶりに銀座通や浅草公園を歩いて見やうと、横浜の駅から電車に乗ると、偶然車の中で以前机を並べて仕事をしてゐた同僚の一人に出会つた。
「やア、君。」
「やア、友田君。」
「今日は親類の者に頼まれて税関まで出て来たんですが、休日で駄目でした。」
「さうでしたか。東京の本店では皆さんお変りもありませんか。」
「みんな無事にやつて居ます。変りはありません。」
「女の人達も先の通りですか。」
「さう云へばあの人……君の机の筋向にゐた貝原民子
前へ 次へ
全14ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング