帝国劇場のオペラ
永井荷風
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)殆《ほとんど》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二十余年前|笈《おい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]昭和二年五月
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哀愁の詩人ミュッセが小曲の中に、青春の希望元気と共に銷磨し尽した時この憂悶を慰撫するもの音楽と美姫との外はない。曾てわかき日に一たび聴いたことのある幽婉なる歌曲に重ねて耳を傾ける時ほどうれしいものはない、と云うような意を述べたものがあった。
わたくしが帝国劇場にオペラの演奏せられるたびたび、殆《ほとんど》毎夜往きて聴くことを娯《たの》しみとなしたのは、二十余年前|笈《おい》を負うて遠く西洋に遊んだ当時のことが歴々として思返されるが故である。ミュッセの詩に言われた如く、オペラはわたくしに取っては「曾て聴きおぼえのある甘く優しき歌」である。当時わたくしは猶二十七八歳の青年であった。然るに今や老年と疾病とはあらゆる希望と気魄とを蹂《ふ》み躙《にじ》ろうとしている。此の時に当って、曾《かつ》て夜々|紐育《ニ
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