奪おうとし、吹雪《ふぶき》は顔と着物を濡らす。しかし若い男や女が、二重廻《にじゅうまわし》やコートや手袋《てぶくろ》襟巻《えりまき》に身を粧《よそお》うことは、まだ許されていない時代である。貧家に育てられたらしい娘は、わたくしよりも悪い天気や時侯には馴れていて、手早く裾《すそ》をまくり上げ足駄《あしだ》を片手に足袋《たび》はだしになった。傘は一本さすのも二本さすのも、濡れることは同じだからと言って、相合傘《あいあいがさ》の竹の柄元《えもと》を二人で握りながら、人家の軒下をつたわり、つたわって、やがて彼方《かなた》に伊予橋、此方《こなた》に大橋を見渡すあたりまで来た時である。娘は突然つまずいて、膝をついたなり、わたくしが扶《たす》け起そうとしても容易には立上れなくなった。やっとの事立上ったかと思うと、またよろよろと転びそうになる。足袋はだしの両脚とも凍りきって、しびれてしまったらしい。
 途法《とほう》にくれてあたりを見る時、吹雪の中にぼんやり蕎麦屋《そばや》の灯が見えた嬉しさ。湯気の立つ饂飩の一杯に、娘は直様《すぐさま》元気づき、再び雪の中を歩きつづけたが、わたくしはその時、ふだん飲ま
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