《たかせぶね》に衝突し、幸《さいは》ひに一人《ひとり》も怪我はしなかつたけれど、借りたボオトの小舷《こべり》をば散々に破《こは》してしまつた上に櫂《かい》を一本折つてしまつた。一同は皆《みな》親がゝりのものばかり、船遊びをする事も家《うち》へは秘密にしてゐた位《くらゐ》なので、私達は船宿へ帰つて万一破損の弁償金を請求されたらどうしやうかと其の善後策を講ずる為めに、佃島《つくだじま》の砂の上にボオトを引上げ浸水をかい出しながら相談をした。その結果夜暗くなつてから船宿の桟橋へ船を着け、宿の亭主が舷《ふなべり》の大破損に気のつかない中一同|一目散《いちもくさん》に逃げ出すがよからうといふ事になつた。一同はお浜御殿《はまごてん》の石垣下まで漕入《こぎい》つてから空腹《くうふく》を我慢しつゝ水の上の全く暗くなるのを待ち船宿の桟橋へ上《あが》るや否や、店に預けて置いた手荷物を奪ふやうに引掴《ひつつか》み、めい/\後《あと》をも見ず、ひた走りに銀座の大通りまで走つて、漸《やつ》と息をついた事があつた。その頃には東京府々立の中学校が築地《つきぢ》にあつたのでその辺《へん》の船宿では釣船の外にボオトをも
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