や、又は子供を背負つた児娘《こむすめ》までが笊《ざる》や籠や桶《をけ》を持つて濁流の中《うち》に入りつ乱れつ富裕な屋敷の池から流れて来る雑魚《ざこ》を捕へやうと急《あせ》つてゐる有様、通りがゝりの橋の上から眺めやると、雨あがりの晴れた空と日光の下《もと》に、或時は却《かへ》つて一種の壮観を呈してゐる事がある。かゝる場合に看取《かんしゆ》せられる壮観は、丁度《ちやうど》軍隊の整列|若《も》しくは舞台に於ける並大名《ならびだいみやう》を見る時と同様で一つ/\に離して見れば極めて平凡なものも集合して一団をなす時には、此処に思ひがけない美麗と威厳とが形造られる。古川橋《ふるかはばし》から眺める大雨《たいう》の後《あと》の貧家の光景の如きも矢張《やはり》此《この》一例であらう。

 江戸城の濠《ほり》は蓋《けだ》し水の美の冠たるもの。然し此の事は叙述の筆を以てするよりも寧《むし》ろ絵画の技《ぎ》を以てするに如《し》くはない。それ故私は唯《たゞ》代官町《だいくわんちやう》の蓮池御門《はすいけごもん》、三宅坂下《みやけざかした》の桜田御門《さくらだごもん》、九段坂下《くだんざかした》の牛《うし》ヶ|
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