蓄フ。亦花街ノ茶店ニ異ラズ。此楼モトヨリ浴ス可ク又酔フ可ク又能ク睡ル可シ。凡ソ人間ノ快楽ヤ浴酔睡ノ三字ニ如クハ無シ。一楼ニシテ三快ヲ鬻グ者ハ亦新繁昌中ノ一洗旧湯ナリ。」と言っている。
 小説家春の家おぼろの当世書生気質第十四回には明治十八九年頃の大学生が矢場女を携えて、本郷駒込の草津温泉に浴せんとする時の光景が記述せられて居る。是亦当時の風俗を窺う一端となるであろう。其文に曰く、「草津とし云へば臭気《にほひ》も名も高き、其本元の薬湯を、ここにうつしてみつや町に、人のしりたる温泉あり。夏は納涼、秋は菊見遊山をかねる出養生、客あし繁き宿ながら、時しも十月中旬の事とて、団子坂の造菊も、まだ開園にはならざる程ゆゑ、この温泉も静にして浴場は例の如く込合へども皆湯銭並の客人のみ、座敷に通るは最稀なり。五六人の女婢手を束ねて、ぼんやり客俟の誰彼時、たちまちガラ/\ツとひきこみしは、たしかに二人乗の人力車、根津の廓からの流丸《それだま》ならずば権君御持参の高帽子、と女中はてん/″\に浮立つゝ、貯蓄《とつとき》のイラツシヤイを惜気もなく異韻一斉さらけだして、急ぎいでむかへて二度吃驚、男は純然たる山だし書
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