物の上手といふ諺《ことわざ》文学芸術の道に名をなす秘訣と知るべし。下手の横好きとは訳《わけ》ちがふなり。文芸の道は天賦《てんぷ》の才なくてはかなふべからず、その才なくして我武者羅《がむしゃら》に熱中するは迷ひにして自信とはいひがたかるべし。これ己《おのれ》を知らざる愚の証拠なり。我武者羅に押一手で成功するは唯|地女《じおんな》を口説《くど》き落す時ばかり。黒人《くろうと》にかかつては佐野治郎左衛門《さのじろざえもん》のためしあり。迷はおそろし。
一 文壇の治郎左衛門やはり田舎の人に多きやうなるはわが僻目《ひがめ》か。むやみに大作を携へ来つて月刊雑誌の編輯者を口説き、断られて憤怒《ふんぬ》すといへどもしかも思切れずして金あれば遂に自ら雑誌の経営を思立ち、性《しょう》の悪い文士の喰物となる話珍しからず。
一 女をくどくや先づ小当《こあた》りに当つて見て駄目らしければ退いて様子を窺《うかが》ふ気合《きあい》、これ己を知るものなり。文芸の道また色道に異るなし。およそ物事やつてゐる中《うち》に何といふ事なく自分で自分がわかつて来るものなり。そのわからざるは反省の力乏しきもの成功の見込みなき啻《た
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