~に上《あが》っては、掛物と称する絵画と置物と称する彫刻品を置いた床《とこ》の間《ま》に、泥だらけの外套《がいとう》を投げ出し、掃き清めたる小庭に巻煙草の吸殻を捨て、畳の上に焼け焦《こが》しをなし、火鉢の灰に啖《たん》を吐くなぞ、一挙一動いささかも居室、家具、食器、庭園等の美術に対して、尊敬の意も愛惜の念も何にもない。軍人か土方《どかた》の親方ならばそれでも差支《さしつかえ》はなかろうが、いやしくも美と調和を口にする画家文士にして、かくの如き粗暴なる生活をなしつつ、毫《ごう》も己れの芸術的良心に恥《はず》る事なきは、実《げ》にや怪しともまた怪しき限りである。さればこれらの心なき芸術家によりて新に興さるる新しき文学、新しき劇、新しき絵画、新しき音楽が如何にも皮相的にして精神|気魄《きはく》に乏しきはむしろ当然の話である。当節の文学雑誌の紙質の粗悪に植字《しょくじ》の誤り多く、体裁の卑俗な事も、単に経済的事情のためとのみはいわれまい……。
 閑話休題《あだしごとはさておきつ》。妾宅の台所にてはお妾が心づくしの手料理白魚の雲丹焼《うにやき》が出来上り、それからお取り膳《ぜん》の差しつ押えつ、まことにお浦山吹《うらやまぶ》きの一場《いちじょう》は、次の巻《まき》の出づるを待ち給えといいたいところであるが、故あってこの後《あと》は書かず。読者|諒《りょう》せよ。
[#地から2字上げ]明治四十五年四月



底本:「荷風随筆集(下)」岩波文庫、岩波書店
   1986(昭和61)年11月17日第1刷発行
   2007(平成19)年7月13日第23刷発行
底本の親本:「荷風随筆 一〜五」岩波書店
   1981(昭和56)年11月〜1982(昭和57)年3月
入力:門田裕志
校正:阿部哲也
2010年4月15日作成
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