置かないと、どうも安心が出来ないんだ。一体、小説なんぞ書こうという女はどんな着物を着ているんだか、ちょっと見当がつかない。まさか誰も彼もまがいの大嶋と限ったわけでもなかろうからね。」
「僕にも近頃|流行《はや》るまがい物の名前はわからない。贋物《にせもの》には大正とか改良とかいう形容詞をつけて置けばいいんだろう。」と唖々子は常に杯《さかずき》を放《は》なさない。
「ああいう人たちのはく下駄《げた》は大抵|籐表《とうおもて》の駒下駄《こさげた》か知ら。後がへって郡部の赤土が附着《くっつ》いていないといけまいね。鼻緒《はたお》のゆるんでいるとこへ、十文《ともん》位の大きな足をぐっと突込んで、いやに裾《すそ》をぱっぱっとさせて外輪に歩くんだね。」
「それから、君、イとエの発音がちがっていなくッちゃいけないぜ。電車の中で小説を読んでいるような女の話を聞いて見たまえ。まず十中の九は田舎者《いなかもの》だよ。」
「僕は近頃東京の言葉はだんだん時勢に適しなくなって来るような心持がするんだ。普通選挙だの労働問題だの、いわゆる時事に関する論議は、田舎|訛《なまり》がないとどうも釣合がわるい。垢抜《あかぬ
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