驍フであつた。
長崎の或ホテルへ着いてからも、或は又其の翌日横浜行の汽船に乗つてからも、自分は南清《なんしん》及びフイリツピン群島から遊びに来る西洋人から、日本の風景に対する同様の賛辞を幾たび耳にしたか知れない。
近頃東京朝日新聞の文芸欄に掲げられた「新日本風景論」の中にも論じられてゐたやうに、日本の風景が果して世界第一か否かは無論断定せらるべき事でもなく、又断定すべき必要もない事である。然し自分が汽船の上から観て過ぎた日本の風景は、何等の智的判断を許す暇《いとま》もないほどに唯々美しいと感じ得るのであつた。島嶼《たうしよ》の多い長崎港外の海湾、湖水の様な瀬戸内海から荒涼たる紀州半島、凹凸《あふとつ》の甚しい伊豆の岬に至るまで、海から眺望する日本の風景はいかにも青々として、いかにも優しく、いかにも日本らしい特種の姿をそなへてゐる事を感じ得るのであつた。外来の漫遊客が時として吾々には誇張したお世辞かとも思はれる程、日本の風景を愛賞し、都会の生活の文明的設備の不完全を度外視して、寧《むし》ろ田園に於ける原始的生活の状態に興味を持ち、始めから終りまで麗しい印象を以て、われ等の祖国を迎へて
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