。
星が燦《きらめ》き出した。其の光は鋭く其の形は大きくて、象徴的《しやうちようてき》な絵で見る如く正しく五つの角々《かど/\》があり得るやうに思はれる。空は澄んで暗碧《あんぺき》の色は飽くまで濃い。水は空と同じ色ながら其の境《さかひ》ははつきり[#「はつきり」に傍点]と区別されてゐる。凡《すべ》てが夜《よる》でも――月もない夜ながら――云ふに云はれず明《あかる》くて、山一つ見えない空間にも何処かに正しい秩序と調和の気が通《かよ》つて居るやうに思はれた。あゝ端麗な地中海の夜《よる》よ。自分は偶然|輪郭《りんくわく》の極めて明晰《めいせき》な古代の裸体像を思出した。クラシツク芸術の美麗を思出した。ベルサイユ庭苑《ていゑん》の一斉に刈込まれた樹木の列を思ひ出した。わが作品も此《かく》の如《ごと》くあれ。夜《よる》のやうな漠《ばく》とした憂愁の影に包まれて、色と音と薫香《くんかう》との感激をもて一糸を乱さず織りなされた錦襴《きんらん》の帷《とばり》の粛然として垂れたるが如くなれと心に念じた。
地中海に入《はい》つて確か二日目の晩である。遠く南方に陸地が見えた。北亜弗利加《きたアフリカ》
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