の妻ならば夜の窓にひそんで一挺のマンドリンを弾じつゝ、Deh, vieni alla finestra, O mio tesoro!(あはれ。窓にぞ来よ、わが君よ。モザルトのオペラドンジヤンの歌)と誘《いざな》ひ給へ。して、事|露《あらは》れなば一振《ひとふり》の刃《やいば》に血を見るばかり。情《じやう》の火花のぱつと燃えては消え失せる一刹那《いつせつな》の夢こそ乃《すなは》ち熱き此の国の人生の凡《すべ》てゞあらう。鈴のついた小鼓に、打つ手拍子踏む足拍子の音烈しく、アンダルジヤの少女《をとめ》が両手の指にカスタニエツト打鳴らし、五色《ごしき》の染色《そめいろ》きらめく裾《すそ》を蹴立てゝ乱れ舞ふ此の国特種の音楽のすさまじさ。嵐の如くいよ/\酣《たけなは》にしていよ/\急激に、聞く人見る人、目も眩《くら》み心も覆《くつがへ》る楽《がく》と舞《まひ》、忽然として止む時はさながら美しき宝石の、砕け、飛び、散つたのを見る時の心地《こゝち》に等しく、初めてあつ[#「あつ」に傍点]と疲れの吐息《といき》を漏《もら》すばかり。この国の人生はこの音楽の其の通りであらう……
然るを船は悠然として、吾《
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