その頃《ころ》に東京を去り六年ぶりに帰ってきた。東京市中の街路は到《いた》る処旧観を失っていた。以前木造であった永代《えいたい》と両国《りょうごく》との二橋は鉄のつり橋にかえられたのみならず橋の位置も変りまたその両岸の街路も著しく変っていた。明治四十一、二年のころ隅田川《すみだがわ》に架せられた橋梁《きょうりょう》の中でむかしのままに木づくりの姿をとどめたものは新大橋《しんおおはし》と千住《せんじゅ》の大橋ばかりであった。わたくしは洋行以前二十四、五歳の頃に見歩いた東京の町々とその時代の生活とを言知れずなつかしく思返して、この心持を表《あらわ》すために一篇の小説をつくろうと思立った。この事はつぶさに旧版『すみだ川』第五版の序に述べてある。
 旧版発行の次第は左の如くである。
 明治四十四年三月|籾山《もみやま》書店は『すみだ川』の外《ほか》にその頃わたくしが『三田《みた》文学』に掲げた数篇の短篇小説|及《および》戯曲を集め一巻となして刊行した。当時籾山書店は祝橋向《いわいばしむこう》の河岸通《かしどおり》から築地《つきじ》の電車通へ出ようとする静《しずか》な横町《よこちょう》の南側(築
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