》つ都市の一隅に当ってかつては時鳥《ほととぎす》鳴き蘆《あし》の葉ささやき白魚《しらうお》閃《ひらめ》き桜花《おうか》雪と散りたる美しき流《ながれ》のあった事をも忘れ果ててしまう時、せめてはわが小さきこの著作をして、傷ましき時代が産みたる薄倖《はっこう》の詩人がいにしえの名所を弔《とむら》う最後の中《うち》の最後の声たらしめよ。
  大正二|癸丑《みずのとうし》の年春三月小説『すみだ川』幸《さいわい》に第五版を発行すると聞きて
[#地から3字上げ]荷風小史
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   すみだ川序

 わたくしの友人|佐藤春夫《さとうはるお》君を介して小山《おやま》書店の主人はわたくしの旧著『すみだ川』の限定単行本を上梓《じょうし》したいことを告げられた。今日《こんにち》の出版界はむしろ新刊図書の過多なるに苦しんでいる。わたくしは今更二十四、五年前の拙作小説を復刻する必要があるや否やを知らない。しかしわたくしは小山書店の主人がわたくしの如き老朽文士の旧作を忘れずに記憶しておられたその好意については深く感謝しなければならない。依《よっ》てその勧められるがままに旧版を校訂し併《あわ》せて執筆当初
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