節《ふし》をつけて音調を低めるのが、言葉にいえない幽愁を催《もよお》させる。
長吉は今まで胸に蟠《わだかま》った伯父に対する不満を暫《しばら》く忘れた。現実の苦悶《くもん》を暫く忘れた……。
十
気候が夏の末から秋に移って行く時と同じよう、春の末から夏の始めにかけては、折々《おりおり》大雨《おおあめ》が降《ふり》つづく。千束町《せんぞくまち》から吉原田圃《よしわらたんぼ》は珍しくもなく例年の通りに水が出た。本所《ほんじょ》も同じように所々《しょしょ》に出水《しゅっすい》したそうで、蘿月《らげつ》はお豊《とよ》の住む今戸《いまと》の近辺《きんぺん》はどうであったかと、二、三日過ぎてから、所用の帰りの夕方に見舞に来て見ると、出水《でみず》の方は無事であった代りに、それよりも、もっと意外な災難にびっくりしてしまった。甥《おい》の長吉が釣台《つりだい》で、今しも本所の避病院《ひびょういん》に送られようという騒《さわぎ》の最中《さいちゅう》である。母親のお豊は長吉が初袷《はつあわせ》の薄着をしたまま、千束町近辺の出水の混雑を見にと夕方から夜おそくまで、泥水の中を歩き廻ったため
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