そ》に、直《す》ぐと中《なか》の郷《ごう》へ曲って業平橋《なりひらばし》へ出ると、この辺はもう春といっても汚い鱗葺《こけらぶき》の屋根の上に唯《た》だ明《あかる》く日があたっているというばかりで、沈滞した堀割《ほりわり》の水が麗《うららか》な青空の色をそのままに映している曳舟通《ひきふねどお》り。昔は金瓶楼《きんべいろう》の小太夫《こだゆう》といわれた蘿月の恋女房は、綿衣《ぬのこ》の襟元《えりもと》に手拭《てぬぐい》をかけ白粉焼《おしろいや》けのした皺《しわ》の多い顔に一ぱいの日を受けて、子供の群《むれ》がめんこ[#「めんこ」に傍点]や独楽《こま》の遊びをしている外《ほか》には至って人通りの少い道端《みちばた》の格子戸先《こうしどさき》で、張板《はりいた》に張物《はりもの》をしていた。駈《か》けて来て止る車と、それから下りるお豊の姿を見て、
「まアお珍しいじゃありませんか。ちょいと今戸《いまど》の御師匠《おししょう》さんですよ。」と開《あ》けたままの格子戸から家《うち》の内《なか》へと知らせる。内《なか》には主人《あるじ》の宗匠《そうしょう》が万年青《おもと》の鉢を並べた縁先《えんさき
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