め》に反映していたが、忽《たちま》ち燈《ともしび》の光の消えて行くようにあたりは全体に薄暗く灰色に変色して来て、満ち来る夕汐《ゆうしお》の上を滑って行く荷船《にぶね》の帆のみが真白く際立《きわだ》った。と見る間《ま》もなく初秋《しょしゅう》の黄昏《たそがれ》は幕の下《おり》るように早く夜に変った。流れる水がいやに眩《まぶ》しくきらきら光り出して、渡船《わたしぶね》に乗っている人の形をくっきりと墨絵《すみえ》のように黒く染め出した。堤の上に長く横《よこた》わる葉桜の木立《こだち》は此方《こなた》の岸から望めば恐しいほど真暗《まっくら》になり、一時《いちじ》は面白いように引きつづいて動いていた荷船はいつの間にか一艘《いっそう》残らず上流の方《ほう》に消えてしまって、釣《つり》の帰りらしい小舟がところどころ木《こ》の葉《は》のように浮いているばかり、見渡す隅田川《すみだがわ》は再びひろびろとしたばかりか静《しずか》に淋《さび》しくなった。遥か川上《かわかみ》の空のはずれに夏の名残を示す雲の峰が立っていて細い稲妻が絶間《たえま》なく閃《ひら》めいては消える。
長吉は先刻《さっき》から一人ぼん
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