八じゃ、あの娘《こ》はもう立派な姉《ねえ》さんだろう。やはり稽古に来るかい。」
「家《うち》へは来ませんがね、この先の杵屋《きねや》さんにゃ毎日|通《かよ》ってますよ。もう直《じ》き葭町《よしちょう》へ出るんだっていいますがね……。」とお豊は何か考えるらしく語《ことば》を切った。
「葭町へ出るのか。そいつア豪儀《ごうぎ》だ。子供の時からちょいと口のききようのませた、好《い》い娘《こ》だったよ。今夜にでも遊びに来りゃアいいに。ねえ、お豊。」と宗匠は急に元気づいたが、お豊はポンと長煙管《ながぎせる》をはたいて、
「以前とちがって、長吉も今が勉強ざかりだしね……。」
「ははははは。間違いでもあっちゃならないというのかね。尤《もっと》もだよ。この道ばかりは全く油断がならないからな。」
「ほんとさ。お前さん。」お豊は首を長く延《のば》して、「私の僻目《ひがめ》かも知れないが、実はどうも長吉の様子が心配でならないのさ。」
「だから、いわない事《こ》ッちゃない。」と蘿月は軽く握り拳《こぶし》で膝頭《ひざがしら》をたたいた。お豊は長吉とお糸のことが唯《ただ》何《なん》となしに心配でならない。というのは
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