ゅう》をば二人一緒に話しながら歩こうと約束したのである。お糸がいよいよ芸者になってしまえばこれまでのように毎日|逢《あ》う事ができなくなるのみならず、それが万事の終りであるらしく思われてならない。自分の知らない如何《いか》にも遠い国へと再び帰る事なく去《い》ってしまうような気がしてならないのだ。今夜のお月様は忘れられない。一生に二度見られない月だなアと長吉はしみじみ思った。あらゆる記憶の数々が電光のように閃《ひらめ》く。最初|地方町《じかたまち》の小学校へ行く頃は毎日のように喧嘩《けんか》して遊んだ。やがては皆《みん》なから近所の板塀《いたべい》や土蔵の壁に相々傘《あいあいがさ》をかかれて囃《はや》された。小梅の伯父さんにつれられて奥山の見世物《みせもの》を見に行ったり池の鯉《こい》に麩《ふ》をやったりした。
 三社祭《さんじゃまつり》の折お糸は或年|踊屋台《おどりやたい》へ出て道成寺《どうじょうじ》を踊った。町内一同で毎年《まいとし》汐干狩《しおひがり》に行く船の上でもお糸はよく踊った。学校の帰り道には毎日のように待乳山《まつちやま》の境内《けいだい》で待合せて、人の知らない山谷《さんや》の裏町から吉原田圃《よしわらたんぼ》を歩いた……。ああ、お糸は何故《なぜ》芸者なんぞになるんだろう。芸者なんぞになっちゃいけないと引止めたい。長吉は無理にも引止めねばならぬと決心したが、すぐその傍《そば》から、自分はお糸に対しては到底それだけの威力のない事を思返《おもいかえ》した。果敢《はかな》い絶望と諦《あきら》めとを感じた。お糸は二ツ年下の十六であるが、この頃になっては長吉は殊更《ことさら》に日一日とお糸が遥《はる》か年上の姉であるような心持がしてならぬのであった。いや最初からお糸は長吉よりも強かった。長吉よりも遥《はるか》に臆病《おくびょう》ではなかった。お糸長吉と相々傘にかかれて皆なから囃された時でもお糸はびく[#「びく」に傍点]ともしなかった。平気な顔で長《ちょう》ちゃんはあたいの旦那《だんな》だよと怒鳴《どな》った。去年初めて学校からの帰り道を待乳山で待ち合わそうと申出《もうしだ》したのもお糸であった。宮戸座《みやとざ》の立見《たちみ》へ行こうといったのもお糸が先であった。帰りの晩《おそ》くなる事をもお糸の方がかえって心配しなかった。知らない道に迷っても、お糸は行ける
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