なっても寝くさってがる。身上《しんしょう》だって財産《かまど》だって、潰《つぶ》れてしまうのあたりめえだ……」
彼女の継母《ままはは》は、祖父のこの呟《つぶや》きを、快く聞き流しながら、背中に小さな子供を不格好に背負い込んで囲炉裏《いろり》で沢山の握り飯を焼いていた。
祖母は戸外から這入《はい》ってきて、あまりにも口やかましい祖父に、不機嫌な視線を投げかけた。併し、祖父はそれどころではなかった。もう既に焼き飯も焼けているのに、菊枝が起きてこないと言うだけのことで、魚を漁《と》りに行く時間が遅くなるのに、まだ朝飯にならないのだから。子供達も、学校の時間に急《せ》きたてられながら、飯になるのばかりを待っていた。
「学校さ行く小児《こども》も、やきもきしていんのに……」
祖父は最後にこう呟いて、真赤にやけた向こう脛《ずね》を一撫《ひとな》でして腰を伸ばした。そして、菊枝を蹴起こしてやるというような意気込みで、彼女の寝ている部屋に這入って行った。
二
みんなが食卓のまわりを襤褸束《ぼろたば》を並べたように取り巻いて、いざ食事にかかろうとしているところへ、彼女の父親が他所《よそ》から帰ってきた。みんなは彼を眼で食卓の傍《そば》へ招いた。
父親は近所での見聞を、断片的にものがたりながら食卓に就いたが、食事にとりかかってその種《たね》を失った。祖父は重い口調で命令的に訴えた。
「松三。少し菊枝さ、言ってきかせて置がせえちゃ。俺言ったて、馬の耳さ念仏だから……」
祖父はこう切り出して松三の顔を見、菊枝の表情《かおいろ》に見入り……。
菊枝の頬はほんのりと紅がさして、自然に項垂《うなだ》れてしまった。そして彼女は、まるで飯粒を数えるように、飯粒の上に、箸の上に、小さな動作を繰り返した。
「まだ初稼ぎだで、山仕事で疲れてんのがと思えば……」
祖父は容赦《ようしゃ》なく続けた。
「この忙し時、朝っぱらから、寝床の中で、書物を見てがるんだから……本当に呆《あき》れだもんだ。」
松三は、けれども何も言わなかった。――そんなこと、別に腹立てる程のことでもあるまい――そんな表情で飯をかき込んだ。菊枝は、全く済まないことをしたと言うように、そのまま消えてもしまいたいと言うように、ほんのり、顔を赤らめて、息を殺して碗《わん》に盛った飯をもてあましていた。
「こんなこと
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