いけれど、やはりあなただって悪いわ。いったい、どうしてあんなに逃げ回ったんですの?」
「はは……困ったな。ぼくはちっとも逃げ回りなんかしやしませんよ。ぼくはこれから工場へ行くところなんです」
「工場へ? 工場へだけはおよしなさいよ。あなたはまだ工場へなど行くつもりですの?」
彼女は目を輝かせながら、また両手で彼の腕に縋《すが》りついた。
「大丈夫ですよ。逃げはしないから、大丈夫ですよ」
「ほんとに行かない? どんなことがあっても、工場へだけは行っちゃ駄目よ」
彼女はそう言って、静かに彼の手を放した。
「行きたくなくたって、行かなければこっちが干乾《ひぼ》しになるじゃないですか?」
「まあ! あなたはまだそんな気持ちでいるの? 困るわね。あなたが逃げ回っている間にわたしたちがどんな目に遭ったか、あなたは知らないんですか? あなたは何もかも知っているくせに、よくもそんな馬鹿《ばか》なことが言えるのね?」
「あなたは人違いをしているんでしょう」
「どうしてあなた、なんて言うの? どうして前のように、おまえ! って言わないの? わたし、前のように、おまえ! って言ってもらいたいわ」
「はは
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