猟奇の街
佐左木俊郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)靄《もや》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)遺族|慰藉料《いしゃりょう》
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東京は靄《もや》の濃い晩秋だった。街は靄から明けて靄の中に暮れていった。――冷えびえと蠢《うごめ》いているこの羅《うすもの》の陰には何事かがある? 本当に、何事かが起こっているに相違ない?――彼は東京の靄が濃くなるごとに、この抽象的な観念に捉《とら》えられるのだった。猟奇的な気持ちでありながら、また一種の恐怖観念なのであった。
彼はある朝早く、濃い靄に包まれている街の中を工場地帯に向けて歩いていた。どこか遠くの遠くから夜明けの足音が静かに近づいてくる。――ぎりりゅう、と骨を擦り合わせるように電車が軋《きし》る。犬が底の底から空腹を告げる。自動車の警笛が眠い頭を揺り醒《さ》ましていく。気忙《きぜわ》しくドアの開かれる音。――靄の中に錯綜《さくそう》する微《かす》かな雑音が、身辺の危険区域まで近づいてきては遠ざかり、遠ざかってはまた脅かすように羅のすぐ裏まで忍び寄ってくるのだった。
敷石道を蹴立《け
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